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江ノ島ノラびより。

matatanino.exblog.jp

2010年 01月 21日 ( 1 )

ちゃーものがたり いち

弁天橋のうえ。

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正面に江ノ島。右はるか先に、くっきりとした富士山。

無風状態。海はベタ凪。

いつもなら、沖から島の東をまわって打ちよせる波と、西側をとおって流れくる波が、直下でぶつかりあって、みどり色の海水があばれる。

なのに。

身をのりだして海面を見れば、今日にかぎって、とても穏やか。

立ちどまった母は、こんなことを口にした。

「トラとクロが生まれたのは、もう30年ちかく前ね。トラとクロのお母さんは、どうして我が家を選んだのかしら。きっと、裏の庭がよかったのかもしれない。まわりをかこまれてるから安心して子育てできるでしょ。いちどだけ、お母さんトラが戻ってきたんだって。トラとクロが元気でやってるか、確かめに来たんじゃないかって、おばあちゃんが言ってたのよ」

1983年。

東京ディズニーランドがオープンし、大韓航空機が撃墜され、中曽根首相が「不沈空母」と言い、初代ファミコンが発売され、『美味しんぼ』がスタートし、『ブッシュマン』のニカウさんが来日して、『金妻』と『ふぞろいの林檎たち』が流行し、『戦メリ』をおさえ『楢山節考』がカンヌを獲り、YMOが散開し、年末には達郎の『クリスマス・イブ』がリリース…という、日本の、比較的平和だった年。

そんな年の春。

横浜の下町。

縁の下から声がする。

みーみーみーみー。

幼き鳥造と、寅二郎は、耳をそばだてた。

仔猫たちの鳴き声だ。

親猫は、スマートな、頭のよさそうなキジトラ。

彼女は、どうしてわが家を選んだのか。

母が言うように、わが家の裏には、トタンの壁と隣家にかこまれた、庭ともいえないような空地があった。

縁の下から出て、そこで子どもを遊ばせれば安心だろう。たしかに。

そんな理由からか、よくわからないけれど。

ノラのキジトラは、縁もゆかりもないわが家の縁の下で、お産したのだった。

仔猫は、4匹。

親猫とそっくりな斑のトラが2匹、ちょっと濃い目のこげ茶のトラが1匹、鼻のあたりと足先に白が混じる黒猫が1匹。

家族が好奇の目で見つめると、親猫が目を光らせ、触れさせなかった。

そっと、牛乳にひたした食パンをおいてやると、親猫が見守るなか、美味しそうに仔猫たちは食べた。

仔猫たちがあらかた食べおえたあと、親猫も残った牛乳パンを口にした。

焼き魚や、かまぼこ、とかではなく、牛乳にひたしたパン、というのがとても懐かしい。

パンを牛乳にひたして猫にやる。それは、祖母のセンスだ。

もしくは、祖母に影響を受けた、母のセンス。

母は、冷ご飯と味噌汁と鰹節を鍋で煮た「猫まんま」もあげたことがある、と言った。

きっと単純に、猫といえば「猫まんま」だろうと、思いついたのかもしれない。

鰹節をくわえて煮る、というひと手間がかかっているのが、なんとなくおかしい。

5匹は、わが家の裏の空地をかけまわった。

5匹は、僕たちを楽しませた。

仔猫4匹が成長すると、母猫は突然消えた。

仔猫たちも、後を追うように、いなくなった。

猫のいなくなった縁の下をのぞいたら、業務用冷凍食品の巨大なビニール袋が出てきた。

袋にパン粉がついていた。きっと、アジフライとか牡蠣フライとか、揚げるだけで食べられる業務用の冷凍食品だろう。

仔猫たちに食べさせようと、親猫が運び込んだものかも。

家の近所に冷凍食品業者があったから、そこから引きずってきたのだろうと想像できたが、とても重かったろう。親猫の労力を考えると、ちょっと涙ぐましい気分になった。

なのに、ねぎらってやる相手が、もういない。

とりのこされたような気分を味わった家族はみな、ひそかに肩を落とした。

ところが数日後。

4匹の仔猫のうち、親にそっくりのトラと、クロがコンビで戻ってきたのだ。

親離れし、いろいろほかを当たってはみたが、結局、生まれ故郷が一番と結論したのか。

2匹は、どうやら、居つくつもりらしい。

居つくつもり、なんて、聞いたわけじゃないから、本当はわからないのだが、トラクロコンビの顔を見た鳥造&寅二郎は、なんとなくそう思っていた。

父も母も祖母も、同じことを口にした。

あるいは、この猫たちはわが家に居つこうと思っているに違いない、と家族全員で思い込むことで、なし崩しに飼ってしまおう、と心の底ではみな思っていたのかも。

その証拠に、猫がもどってくると、みなはしゃいだ。

またエサを与えはじめた。

そして、僕たちは、トラとクロを、家に入れてしまったのだった。

オスのクロは警戒心が強く、なかなか入ってこなかった。

一方、メスのトラはエサでつると簡単に入ってきた。

それを見たクロは、すぐにあとについて入ってきた。

祖母によれば、親猫が、一度だけ戻ってきたことがあるらしい。

子どもたちの様子を、見にきたのだろうか。

そのときどんなだったか、確かめてみたいが、祖母はもういない。

母猫が産んだ4匹のうち、わが家に居ついたトラとクロ。のちに、このトラも我が家でお産をすることになる。

生まれたのが、サビ猫のチャーだった。

つづく。
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by matatabitorajiro | 2010-01-21 23:47