行ってきました。
岩合光昭さんのねこ写真展、
「ねこ」に。
上の写真は、入場券なんです。
ニャンコ型に切り抜いてあって、いいでしょう。
切符買った時点で、幸せです。
展覧会の内容も、素晴らしかった。
イントロダクションの文言から、ほんとうに納得すること、しきり。
イタリアでは、野良猫のことを、「自由猫」って呼ぶんですね。
Gatto Libero!!!
ワイン片手にイタリア語で叫んでみたりして。
自由な猫たち。
素晴らしい。
会場は、日本各地の「自由猫」だけでなく、イタリアやスペインやギリシャ、モロッコ、エジプトなどなど世界の自由なニャンコたちの、ほんとうに素晴らしい表情で埋め尽くされていた。
ギリシャのサントリーニ島で撮影された、ジャンプ・ニャンコ。
いったいどうやって撮影したのか。
おそらく海辺の岸壁から岸壁へジャンプしている最中の、空飛ぶニャンコを真下からとらえた奇跡のワンカット。
ふだんは、怠惰、という形容詞で語りたくもなる優雅なニャンコが、いざ、その発達した筋力をフル活用して跳躍するときの、その躍動感たるや。
生命力だ。
生きてる。
さらに、注目すべきは、自由なニャンコたちと、人たちの関わり。
熊本県、山都町。野良を行く割烹着すがたのおばあちゃんにおんぶされ、目を細めるニャンコ。
これほど美しい光景があるだろうか。
あまた存在する動物の種のなかで、人間と猫は、相当に相性がいいのだ。
そう確信した。
猫は愛玩動物なんかじゃない。
猫を飼う、なんて表現はおこがましい。
猫と人は、まさにしのぎをけずって、ともに生きていく仲間なんだ。
そんな、夢見るような岩合さんの言葉も、作品をみれば納得納得大納得。
「店番する猫」のシリーズも、実に微笑ましかったなぁ。
人とニャンコ、ということならば、岩合さんの愛猫、海(かい)ちゃんの写真には、本当にしみじみ。
幼いときにお寺からもらわれて、岩合家にやってきた海ちゃん。
岩合さんにとって、当たり前なのかもしれないけれど、そうか、愛猫には避妊手術なんてことはしないのだ。海ちゃんは何度も出産し、海ちゃん一族を築きあげる。
そんな一族をしたがえ、海ちゃんは誇らしげ、というより、とにかく一生懸命。
子育てには一途な猫だったのだそうだ。
海ちゃんの、右目の下あたりにある茶の斑が、そんな一途ないじらしさを強調しているようにも思える。
人間でいうならば、派手なところはないけれど、家庭にも育児にも、もちろん仕事にもきわめて真面目に取り組む、ときとして逆境に負けそうにはなるけれど、一本筋の通った実直さでそれを乗り越える、市毛良枝さんが演じそうな(笑・失礼しました)女性像。
ニャンコの海ちゃんから、そんなオーラをびんびん感じて、なぜだか心底しみじみしてしまうのだった。
さて。
これ、展覧会の図録。
カバーには、パグ犬とならんで、こちらを見つめるキジトラニャンコ。
会場で上映されるビデオのなかで、岩合さんは、「このパグとキジトラ、どちらがオスで、どちらがメスでしょう?」との、クイズめいた質問を観覧者に投げかける。
いわく、キジトラの目ヂカラ、それに対するなんとも言えないパグの目の優しさに惹かれたそうだ。
ほとんど答えを言ってるようなもんだが、それに続いて、ちょっとした心温まるエピソードを披露するような語り口で、岩合さんはこんなことをおっしゃる。
「撮影を終えて、『いい写真、撮れた?』ってたずねてくれたのは、実はパグの方だったんですよね」
わはは。
これまた岩合さんにとっては、当たり前なんだろうけれど。
会話してたんですね。
会話しながら撮影しなきゃ、そりゃ、撮れませんよ、こんな写真。
またまた納得してしまう、感動の写真展なのでした。